2021年4月中旬。
なんとシンガーソングライターの磯貝サイモンさん (以下、磯貝さん)が『MIDISTUDIO 688』を使って レコーディングをするという情報を聞きつける。かつては著名な方がレコ―ディングに使っていたということは聞いていたが、それは20年以上前の話。そもそも今も現役でフル稼働する『MIDISTUDIO 688』があるのか?。その真相にせまるためにさっそく磯貝さんのプライベートスタジオhitoride studioにお邪魔させていただくことにした。
事前に磯貝さんから伺った情報でシステムの全容が見えてきた。 基本はDAWを使ったデジタルレコーディングを行い、ミックスダウンの前に一旦カセットテープを経由するという。DAWからカセットへ録音し、カセットからまたDAWへ戻す。カセットにはトラックの制限があるため、この工程を何度か繰り返し最終的にDAWでタイミングのずれなどを修正してミックスダウンの工程に進むという。
いやはや 実に手の込んだことだ。
『MIDISTUDIO 688』のテープ走行力の凄さは知っているものの、厳密にいうと毎回違うし、片方は正確なデジタルだし 、こんなことしなくてもアナログシュミレーターのプラグインなどもある中で、磯貝さんがアナログテープに拘る理由は何であろうか。
「デジタルの階段を滑らかなスロープにする、キラキラまぶしすぎるものをひとまとめにする。」こんなイメージだろうか。こんなことを考えつつスタジオに伺う。
スタジオには『MIDISTUDIO 688』だけではない。『244』と『PORTASTUDIO 424』もあるではないか。
スタジオの反対側に目をやると、2つのラックにカセットデッキが10台収まっている。なんでもカセットテープの音質研究に使ったとのこと。そのラックの上段にはマスタリング用にオープンデッキ『33-2』が鎮座する。こちらも整備済みで現役で使用されている。
ここにあるMTRは選抜されたもので、他にも20台くらいが別の部屋に保管されている。残念ながら当社ではカセットMTRのメンテナンスができないため、専属のメカニックとともに整備をされているとのことだ。なかなか程度のいいものに出会えず苦労が絶えないという。やはり正常動作させるまでには並々ならぬ苦労がある。この情熱はどこから来るのだろうか。
実作業をしながら、磯貝さん直々に工程を教えていただく。
8トラックはドンカマ (クリック) 用トラックとして使用するので 、一回の録音は7トラックまで。6回まわしで全トラックを往復させる。
いよいよ始まる。
テストトーンで機器間の調整をする。ここでテストテープが登場、 このテストテープの 入手にも苦労したとのこと。このテストテープの再生音のチェックにはじまり、DAWからのテストトーンの録音再生チェック。今度はカセットテープの化粧巻き。そしてトラックシートの準備。久しぶりに聞く懐かしい言葉に驚く。まるで先輩から話を聞いているようだ。
録音待機状態で録音レベルを確認する。ピーク部分でメーターが振り切る手前に調整。
録音レベルが決まれば、ダビングを開始。カセットテープも十分にリード部分を取って、テープカウンターを記録してスタート。そして、録音終了後、今度はDAWに取り込む。
キュッとしまったような印象はあるものの、さほど音質が変わらない。688の音質、恐るべし。うーん、あまり変わらないのであれば意味がないのでは?と不安もよぎる。
この工程が6回にわたり繰り返される。確かにパートによっては各段に雰囲気が上がったトラックがあった。おそらくこれがやめられないのだなぁと少しわかった気がした。
そして、いよいよバラバラに取り込んだ6回分のトラックのタイミングを合わせこんでいく。
何回かのテイクでタイミングが合ってくる。ドンカマのカウントを聞いていると微妙にずれてくる。これがテープの不安定なところだなと実感する。しかしこの微妙なずれが絶妙な分厚い音像となるではないか。これが本物のアナログデッキを使う重要なポイントなのではないか。しかも、最終的にはデジタルでの調整が可能となれば、アナログカセットMTRが持つテープコンプやサチュレーションなどおいしいところをふんだんに取り入れた絶妙な作品作りにつながるということなのか。あまり意味がないのではと思った自分に恥じ入る。恐れ入った。
すべてのトラックの音質が『MIDISTUDIO 688』によって統一され、タイミングの微細なズレを利用した厚みがあるサウンド。早く完成形を聴きたいものだ。
この夏に発売されるアルバムはすべてこの方式によるレコーディングとのことだ。発売が待ち遠しい。
文責: 山本浩史 (ティアック株式会社)
2021年7月14日 リリース。3,300円 (税込)
<収録曲>
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磯貝サイモン
2006年、ビクターエンタテインメントよりメジャーデビュー。アルペンCMソングとなったデビュー曲「君はゆける」は、全国のラジオ30局以上のパワープレイを獲得。優しさと力強さがかわるがわる顔を見せるような二面性を持つ歌声は、特に弾き語りライブにおいて定評がある。
ギターやピアノ以外にも、レコーディングではドラムやベースも演奏し、時々ライブでも披露される。名古屋メ~テレ公式キャラクター”ウルフィ”テーマソングを2014年より歌う。自身の音楽活動に加え、楽曲提供やプロデュースなども行っている。特に女性アーティストに提供する女性視線での歌詞は人気が高い。様々なバンド・アーティストのツアーサポートも務める。
本人が語る夢は「死ぬまで歌い続けること」。
磯貝サイモン オフィシャルサイト:http://isogaisimon.net/
1989年発売。
『MIDISTUDIO 688』は、音楽制作で使用されるMIDI機器との連携機能が強化された、8トラックカセットテープMTRです。楽曲のテンポを刻むMIDI信号(MIDIクロック)を音声として録音/再生することで、MTRに録音した演奏と、MIDIシーケンサーやドラムマシンとの同期走行を可能にする「MIDIテープ・シンクロナイザー」を内蔵。当時のシンセサイザーやキーボードを使用する音楽制作のテクニックを支える、現在のDAWに先駆けた制作環境と言えます。MIDI機器を駆使した音楽制作をより高品位に仕上げることができた『MIDISTUDIO 688』は、音楽制作システムの中核を担う機材として多くのプロに愛用されました。