2014年5月のインドネシアを皮切りにアメリカ、中国で開催され大きな話題を集めたバーチャル・シンガー初音ミクの世界ツアー「HATSUNE MIKU EXPO」(以下、「MIKU EXPO」)。2016年4月、満を持しての日本公演は初音ミクの初めてとなる日本ライブ・ツアー「HATSUNE MIKU EXPO 2016 Japan Tour」(以下、「MIKU EXPO」日本ツアー)として、全国5都市で行われました。
中でも最終日4月10日の模様はWOWOWの生放送で同時中継され、大きな話題となりました。 日本ツアーではライブの模様は64chデジタルマルチトラックレコーダーDA-6400で録音されました。またマスタークロックにはクロックジェネレーターとしてCG-2000も併用頂いています。
今回、公演終了後の4月中旬、サウンドプロデューサーの鈴木啓さんにお話を伺う事が出来ました。 当日の収録システム、DA-6400の感想から初音ミクのライブサウンドの秘密など、他では語られない話が満載です。
「MIKU EXPO」日本ツアーの音響システムについて
ティアック:まずは「MIKU EXPO」日本ツアーお疲れ様でした。
鈴木さん(以下敬称略):ありがとうございます。
ティアック:今回も注目度が高いライブでした。まずは録音システムの概要をお伺いしてもよろしいでしょうか。
鈴木:僕が元々お借りしたかったのはDA-6400だったのですが、クロックジェネレーターのCG-2000もお借りできたので、CG-2000をクロックマスターとしてメインのPA卓に入れて、そこからMADIを分岐してもらうようにしました。
MADIスプリッターを使用して収録用にDA-6400, Studio Oneの2系統に加え、WOWOW中継用にも送りました。
ティアック:WOWOWの中継も話題でしたね。
鈴木:万が一、メインの信号にノイズなどが入ってしまった時のためにWOWOW中継用にもう1回線別にMADIを用意しました。これはモニター卓のYAMAHA PM5DにADATカードを2枚使用した32chをADAT-MADI変換して、メインとは別系統で信号を送りました。 今回は生中継だったので、二重、三重にいろんなパターンを想定したシステムを作りましたね。
またWOWOWさんの方でオーディエンスマイクを20本位立てて下さっていたので最終的にアナログで渡す必要がありました。これはPro Toolsで2ミックスを作りアナログ変換してから、WOWOWさんへ渡しました。 WOWOWさんはこのアナログ2ミックスとオーディエンスマイクを混ぜて放送音声として使用していました。
安定性はもちろん、操作性もシンプルなDA-6400
ティアック:今回の録音フォーマットは?
鈴木:24bit/48kHzですね。
ティアック:DA-6400をお使いになられてどうでしたか?
鈴木:安定性はもちろん操作性もシンプルで、メニュー画面からのアクセスも非常に分かりやすくて、マニュアルも読まずに感覚的に使えてすごく重宝しましたね。あと個人的に良かったのは、マスタークロックソースを選ぶMENU画面で「クロックが何kHzかんでますよ」っていう画面でクロックの細かい揺れを表示してくれてるんですよ。感動しました。ずーっと見ていたくなる(笑)
ティアック:MADIは結構お使いになられていますか?
鈴木:3-4年位前からですね。海外で録らなきゃいけない事もあり、なるべくコンパクトな環境で簡単に録りたいこともありましたので。
ですので、今回DA-6400にはとても興味がありました。MADIの環境さえこっちで作ってしまえば、64chの録音が簡単にできますし。
レコーダーの部分がシンプルにストレスなくできて、凄く助かりました。音周りをほとんど一人でやっているということがあり、なるべく確実で簡単に使えるものがいいので、そういう意味では非常に助かりました。
ティアック:録音時間はどれくらいだったんですか?
鈴木:2時間を2回、いずれも24bit/48kHzで録りましたけど、全然問題なかったですね。終わったらコピーして保存して。本当に使いやすいですね。
ティアック:USB3.0だったら速度も速いですしね。
鈴木:それも素晴らしいですね。DA-6400本体のスロットから抜いてUSBもすぐさせるし。ファイルのネーミングもすごく分かりやすいし、めちゃくちゃ楽ですね。別にトラックネームがなくても、トラックシートと順番が合ってればすぐ確認できますしね。あのくらいシンプルなユーザーインターフェースというのは素晴らしかったです。
生放送の音声まで意識したサウンドデザイン
鈴木:昨年行われた初音ミクのイベント『初音ミク「マジカルミライ 2015」』のライブパッケージのミックスもやらせてもらっているんですが、5.1のサラウンドミックスもやっている中で、オーディエンスの使い方もこだわっていまして。通常は遅延が発生しちゃうんですよ。実際に鳴った音と会場では同時に「おーおー」とかの歓声が遅れちゃうじゃないですか。ライブミックスって。 パッケージにする時って、サンプルべ―スで遅延を調整するんですけど。 今回はWOWOWさんへ一つお願いを申し上げまして。これをリアルタイムでやってほしいと。
鈴木:こっちがお渡した2ミックスとオーディエンスの位置をずらせるというお話を伺ったので、初日公演にWOWOWさんが録音していた2ミックスを参考に、オーディエンスのずれを調整させてもらいました。最初3,000サンプル位だったのが、それでも全然足りなくて更に800サンプル位、前倒ししてもらったことで、実際の放送はパッケージに近いイメージで、お客さんの声が、音楽とともに臨場感にあふれて聴こえてくるようにしました。 「これが本当に生放送なのか!?」っていうぐらいびっくりする音だと思います。 WOWOWさんもびっくりしていました。そこまで現場で詰めたことは、今まで何百本とライブ中継をやって来た中で初めての事だったらしいのですが、結果は非常によかったし、「とても楽しかったです」と喜んで頂けて、僕も嬉しかったです。
ティアック:生放送でここまでやられたんですか?
鈴木:そうです。視聴者の数で言ったら、会場にいる方よりWOWOWを見ている方々の方が多いですからね。そこも重要視しました。 今回MADIで引いたライブの音声信号に対しては、レコーディングエンジニアを立てて、EQや位相にも注文をつけさせて頂いて。単線でチャンネルが増やせるMADIの利点なんですけど、それでも生中継でここまでやるかっていう。パッケージに近づけるというのは、もしかしたら伝わりづらいこだわりなのかもしれないですけれど(笑)。
ティアック:鈴木さんはライブマニピュレーターと言うよりはトータルでサウンドを見てらっしゃる感じですね。
鈴木:そうですね、僕はそういう意味では最終的な出口までやらせて頂いております。
プロフィール
鈴木啓さん
作・編曲、ミックスエンジニアを生業とし、ライブコンサートにおいてはサウンドプロデュースからマニピュレート、レコーディング、ミックス、配信までを担当する。株式会社シンクライヴ・ジャパン代表取締役