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多田彰文さん | カセットMTR PORTASTUDIO 244


作曲家、編曲家として幅広いジャンルで活躍されている多田彰文さん。多田さんのキャリアのスタートはカセットMTR 『TASCAM 244』が切っても切り離せないとの事。そんな多田さんにTASCAM 244の想い出を語って頂きました。

244と感激の再会

244と感激の対面を果たした多田さん

多田:うわー、うわー。懐かしいなー。 (244の実機を前にしばし感激) この子! 僕はこの子のおかげでプロになれたんですよ!

ティアック:多田さんが244を使われていたのは何年ぐらい前ですか?

多田:何年前だろう…28~30年前位かな。

ティアック:以前、244を使ってデモテープを作りプロになったというお話を伺いました。

多田:244で、とある音楽事務所にデモテープを出してオーディションに受かったんですよ。インストモノを作ったんです。その後もしばらく、これを使って仕事をしてましたね。プロになってからもしばらくはずーっと使ってましたね。

ティアック:この前に144がありましたが。

多田:僕は244からなんですよ。友人のミュージシャンも持っててね。彼の自宅にこれを担いで行って2台並べてね。4トラック録ったら、もう1台に2トラック入れて、ダビングしてまた録音するって、そんなことやってましたね。

ティアック:みなさん4トラックのカセットMTRでの録音って様々な工夫をされてますよね。244ならではのやり方ってありますか?

多田:そうだなー、244だけってことじゃないけど、クロストーク対策は結構やりましたよ。さっきの友人が244のあと488に行ったんですよ。で、ヘッド眺めながら「細いなー」ってね。4トラは縞が4本だけど8トラは8本ありますからね。
それで色々実験しまして、488とかオープンリールの8トラックとか、ハイハットを真ん中のトラックに録音するとクロストークで音が漏れるから、ハットは必ず端のトラックに録音しました。テープは端のトラックの方が劣化しやすいので、劣化しても差支えがない音は1や8の端のトラックに録ったり。クロストーク対策は4トラックでもやりましたけど、8トラックはもっとやりました。

ティアック:それは使い続けていないとわからない方法ですね。

多田:あとピッチコントロールも多用しましたね。ピッチを一番速く回して録ると音がいいので、倍速からさらにピッチを上げて録ってましたね。

ティアック:すこしでも音をよくするために工夫されていたんですね。

多田:あとは効果を狙って録りながらピッチを変えたりしました。

ティアック:多田さんはマルチプレイヤーですが、当時からですか?

多田:当時は貧乏だったから、今みたいに楽器もないし(笑)。ギターは何とかあったけど。ギターは自分で弾いて、ドラムはリズムマシーンで。ステレオでは録れなかったのでモノラルでドラム、ベースと順番に録音してましたけど、力技の時はシーケンスとギターの同時録音もやってましたね。

ティアック:なるほど!

多田:あと、遊びでこんなこともやりましたよ。メンバーが4人いたので、4人で1chずつ割り当てて、ドラムはリズムマシーンのパッドを手で叩いて、それにベース、ギター、キーボードを「せーの!」でリアルタイムで弾いて録りましたね。

ティアック:(笑)モニターはどうするんですか?

多田:メイン出力をスピーカーにつないで、それをみんなで聴きながら。スタジオではなくお茶の間でデモテープ感覚で作ろうって。くだらないことやってたなぁ(笑)。

244の信頼性

多田:244が良かったのはトランスポート部のレスポンスなんですね。再生、早送り、巻き戻し、録音ボタンが本当に素早くポチっと入るから。パンチインポイントにパシッ!と入る。

ティアック:パンチインはフットスイッチで?

多田:いや手でやってましたよ。走らせといてRECを押せばパンチインが入ったはず。確かそうだ、弾きながらバシッ!とやってたもん(笑)

ティアック:何年ぐらい使われていたんですか?

多田:7~8年かなぁ。だって、安いデジタルレコーダーが出たのは…。

ティアック:TASCAM DA-88が1993年、他社製品も大体同じころですね。

多田:プロになってからも、しばらくは244でデモを作ってましたね。事務所にも244があったので、このダイレクトアウトから8トラックのオープンリールに音を入れて録音しました。大事に使ってましたよ。オーディオ好きだったこともあるけど、録音が終わるたびに綿棒とクリーナーでヘッドを綺麗にしてピンチローラーのごみを取って掃除してました。

カセットMTRで培われた録音の基礎

多田:でも使い方、忘れちゃたなぁ(笑)ピンポンの時はEQで音を硬くしてやってました。ピンポンもどこまで重ねるかなんですね。音を重ねたい場合は3トラック録音した後、1トラックにピンポンして、また2トラックあけて録音して。2工程位まではなんとかなるんだけど、3回目は音の劣化もあって、きつかったですね(笑)。

ティアック:今録音はいろんな形で進化していますが、244を使われていた当時は今の状況を想像できましたか?

多田:そうね、想像ねぇ…。進化と言うか、逆にいうと244は基礎なんですよ。全ての操作はここから始まっているんです。EQの操作とか。NEVEとかSSLもこういう操作じゃないですか。

それが今のDAW、SONARになった時に、あのEQとかはまさにこれなんですよ。DAWは何kHzのハイ、ローを割り振って、上げ下げするとか細かく調整できますけど、元はアナログのこれなんですよ。244を触って来たことが基礎になっているんです。プロになってスタジオに入った時にSSLとか244の親玉みたいなものも触ったけど、でも操作は一緒(笑)。

ティアック:チャンネルストリップがどれだけ増えようとベーシックな部分は変わらないという事ですか?

多田:EQがありセンドリターンがあり、EQの前段か後段にコンプがあり、インラインだったらテープリターン、ラインインがあって。

ティアック:インラインミキサー!テープとラインの切り替えとか、今の時代わかる人は少ないかもしれませんね(笑)。

多田:でもミキサーの基礎ですよね。『ここから始まっている』んですよ。

ティアック:「ここから始まっている」いい言葉ですね。まさに聞きたい言葉でした!

多田:今の若い子たちがね、これを知らない、これも時代だとは思いますけど(笑)。

ティアック:若い方も知らず知らずのうちにやっているんだとは思います。ただ、使いこなしたことで頭の中でチャンネルストリップが思い描けるというのは、また違う感じがします。

多田:ですよね。デジタルになってからは「レベルを稼ぐ」ってことが必要なくなっているから。

ティアック:ありましたねぇ!レベルを稼ぐ。

多田:出来るだけ歪まない程度に上の方で録るとか。

ティアック:今は逆ですもんね。少々低めにしておいて、ノーマライズで何とかするという。

多田:今はレベルが小さかろうが、横並びにして、最終的に再生時にフェーダーが横一直線になっているのが好ましいと言われますが、昔はレベルに応じてフェーダーの位置はまちまちになってましたよね。出来るだけ、244のHAで調節していくということをやりましたね。

カセットMTRからDAWに変わっても変わらないマルチトラックレコーディング


多田:実際に244で動かして録音すると思い出すんだろうなぁ。懐かしいなあ。トランスポート部はさすがTASCAMっていう感じで優秀でしたよ。ロケーターも正確でね。きちっと元の場所にもどってくれますよね。マルチトラックレコーダーのピンポンってのはすごいなぁ。

若い人にとってはただの懐かし話になってしまうのかな。「そんな苦労してたの?」みたいな話になるのかもしれないけど。
でも結論として結びつけるならば、これを使って苦労した時代があったからこそ、そのノウハウは生きています。でも、今のSONARなどのDAWは無限にトラックがあるわけで、それを使って「今の音楽」を作ればいいと思いますよ。
正直、今のディバイスに比べたら、カセットMTRの音は悪いですよ、いいか悪いかで言えば。ただ悪いところを一生懸命工夫して、よくすることが大事で。今のデジタル、SONARを始め他のDAWソフトもそうだけど、ギタートラックを選ぶと、あらかじめチャンネルストリップで様々なプリセットが出せるじゃないですか。
244の頃はそういうのがないから自分で勉強するしかない。

今はあらかじめ用意されたチャンネルストリップに対してギターを突っ込んで録るだけなので、自分の音がどういう状況かわからないで弾いている。いきなり挿して弾いている音がその音だから、バイパスした音がどうなっているかわからない。

244だとギターをそのままつないで録音するとペラペラなんですよ。それから指のタッチまで気を配って、いい演奏をして、エフェクトをかけて磨いていって、いかにいい録音をするかっていうのが課題でしたよね。

何もない状況の時はどうなのか、それを今のSONARに置き換えた時にどうするのか。チャンネルストリップ、プラグインを全部外したときの素の音、これを聴いてみるというのもいいと思いますよ。

ティアック:とっても胸が熱くなるお話でした。今日はありがとうございました。

多田:あんまり大したこと言えてない気がするけど…。でも244に再会できてよかった(笑) 

 

プロフィール

多田彰文さん

多田彰文 さん

作・編曲・オーケストレーションを手使海ユトロ(小笠原寛)氏、指揮法を大澤健一氏に師事。日本大学文理学科英文学専攻在学中より音楽活動を始める。1989 年、手塚治虫原作「火の鳥」舞台演劇にてシンセサイザー演奏デビュー。
1990 年、辛島美登里ライブステージ・アルバム制作での編曲を担当。以後、西城秀樹・野口五郎・中川翔子など歌手・アーティストのツアーサポート演奏活動や、ゴスペラーズ・Favorite Blue・茅原実里などの編曲・サウンドプロデュースを手がける。後にアニメーション・ドラマ・映画の劇中音楽の作曲へと進む。代表作品として「ポケットモンスター(映画)」「クレヨンしんちゃん(映画)」「キッズ・ウォー(ドラマ)」などがある。また近年は、坂東玉三郎のコンサートツアーにおいて音楽監督を担当する。ピアノ・キーボード・ギター・ベースはもとより木管・金管楽器、ヴァイオリン、パーカッションから大正琴まであらゆる楽器を演奏し、スタジオレコーディングでの指揮者やインターネット動画番組の司会までもこなすマルチプレイヤーである。

多田彰文
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