2020年9月上旬、東武鉄道の森田氏よりSL録音の話が舞い込む。 年明け開始のキャンペーンにSL大樹の音源が必要との依頼。
SL大樹プロジェクトの目的「鉄道産業文化遺産の保存・活用」、「日光・鬼怒川エリアの活性化」、「東北復興支援の一助」の御旗に、「音」と「昭和レトロ」のテーマが加わったキャンペーン、森田氏の熱い思いが心を打つ。
当社はレコーディングカンパニー、断る理由はない。すぐさま挑戦が始まる。
下調べ
録音家の知人に相談し、汽笛のダイナミックレンジの広さに注意が必要とアドバイスを受ける。インターネットの動画をパソコンのソフトに移し、増減幅をレベルメーターで確認する。テストをかねて近くの電車の通過音を録音するが期待した増減幅は体験できず見当もつかないまま収録日を迎える。
とにかくチャンスは限られている、保険をかけて録音する作戦に出る。
機材とセッティング
1号機 | 2号機 | 3号機 | 4号機 | 5号機 | 6号機 | |
機種 | DR-100MKIII | DR-100MKIII | DR-07MKII | DR-07MKII | DR-05 | DR-05 |
マイク特性 | 単一指向性 | 単一指向性 | 単一指向性 | 単一指向性 | 無指向性 | 無指向性 |
ファイル形式 | WAV | WAV | WAV | WAV | WAV | WAV |
24bit/96kHz | 16bit/44.1kHz | 16bit/44.1kHz | 16bit/44.1kHz | 16bit/44.1kHz | 16bit/44.1kHz | |
リミッター | ON | ON | ON | ON | ON | ON |
録音設定 | デュアルレベル録音 | デュアルレベル録音 | - | 3号機よりレベル下げる | - | 5号機よりレベル下げる |
DR-100MKIIIとDR-07MKIIは、単一指向性のマイクで狙った音を録音し、DR-05では、無指向性のマイクで臨場感のある録音を狙う。
DR-100MKIIIは、-12dBのレベル差を付けたファイルが同時の録音できるデュアルレベル録音機能で攻めの録音レベルに設定、もう1台では24bit/96kHzのハイレゾ録音。
DR-07MKIIとDR-05は、デュアルレベル録音機能が非対応なため、それぞれ2台ずつ用意し、レベル設定は場面ごとに手動で調整する。
森田氏の誘導で録音ポジションは常に最高の位置をキープし、身に着けた安全帯とヘルメットは関係者の証となり、ギャラリーも少し遠慮してくれる様子で順調に収録が進む。あとは録音レベルに注意するだけだ。終始レベルメーターを目視確認し、録音は進む。
連結
連結は一瞬。ほんの一瞬の金属音。蒸気の音とエンジンの音が大きい。駅員の方の邪魔にならない様、配慮しながら貴重な一瞬を逃さず収録。
転車台でもベスト位置をキープ
ホームや転車台などでの収録を終え、機関庫へと向かう。
驚きの機関庫
いよいよ関係者以外立ち入り禁止の領域に入る。その名の通り、機関車の車庫だが、巨大な銭湯のなかで蒸気の音が響くような、何とも言えない臨場感。汽笛は秀逸の響きを放ち、思わず身震いがした。車両点検の金属音が鳴り響く。整備士のかけ声や点呼、録音ミスは許されないとただただレベルメーターを凝視する。
機関車に設置
列車への録音機の設置が許された。車掌車前方への設置と機関室は機関士さんに設置を託し多面的な収録のスタートだ。レベル設定はここまでの経験から推測し、あとはレコーダー任せだ。どんな音になるのか、楽しみで仕方がない。小型のDR-05が活躍、小型レコーダーを持ってきてよかった。
お花畑、通過音収録
2日目の最終での収録。前日までの時刻表のようなあわただしい収録とは裏腹に優雅な収録。お花畑の脇を流れる小川のせせらぎにもほっと一息。
刻々と通過時間が迫る。通過音の収録チャンスは1回。またもや緊張が走る。一本前に通った特急列車の通過音を参考にレベル調整するが、線路ギリギリのマイキングはメーターが予想以上に振れる。最後の汽笛音でピークオーバーとなればすべてが水の泡となるので設定は弱気になる。でも、できれば高めのレベルで成功させたい。上げたり下げたり、このドキドキ感はたまらない。
収録完了
初日に収録したデータは宿泊先でパソコンへのデータ転送の作業、また、翌日の設置場所に合わせてレコーダーの設定などを変更、翌日も早朝から収録と移動を繰り返す大忙しの収録作業となった。2日間で収録したデータは25GBの大容量。
ここから音源選定は森田氏の出番だ。
編集は冷静に
森田氏から選定された収録データが届く。限られた時間でどう仕上げるか編集も時間との闘いだ。
「ああ、そうだった。」あの時圧倒された蒸気や度肝を抜いた汽笛の音、点検の金属音や整備士のかけ声や点呼が、匂いとともに思い出される。「これはまずい。」編集作業においては色付けされない正確な感動を伝えなければならない。余韻に浸っている場合ではない。
原音を生かすことを第一にして、ピークの音割れを避けて若干手直しするが、反して強弱の効いた生々しいSLの大迫力も伝えたい。社内アナウンスでは、人の声に焦点を絞り大胆にノイズをカット。機関庫の車両点検音、ハンマーの打検音がリアルに聞こえるか、クリップしていないか、何度も聞きなおす。冷静に、冷静に、冷静に。
あとがき
録音は一期一会。いろんな雑音が重なり、失敗することは何回でもある。今回も思いがけず回した録音がよいテイクとなったこともあった。よく頑張ったレコーダーに感謝したい。そして、選ばれた音源を一つの物語にするがごとく、編集を重ねる。ただの「音」のつながりではない、そこにはSL大樹の息遣いがある。