「自分の音を突き詰めるためには、モニター環境ってすごく大事」
いきものがかりのプロデュースや、数々の著名アーティスト楽曲の編曲を手掛ける中村タイチさんの自宅スタジオ「mogLA STUDIO」では、マスタークロックジェネレーターCG-1000とマスターレコーダー/DAコンバーターDA-3000を導入していただいています。機材のよるモニター環境改善の話題を中心に、ハイレゾやDSDの可能性、中村さんの音へのこだわりなどについてお話を伺いました。
『マスタリングがよくないハイレゾより、きっちり仕上げたMP3の方がいいと感じる事もある。』
ティアック:今日はよろしくお願いいたします。まずはこのmogLA STUDIOのシステムを簡単に教えて頂けますか?
中村: MacのProToolsを使っていて、オーディオインターフェースはPrism Soundです。COAXIAL出力をDA-3000につないでます。DA-3000は主にモニターモードをONにしてDAコンバーターとして使っていますね。あとは(CG-1000の)ワードクロックをPrism SoundとDA-3000の2台に供給してます。で、DA-3000のアウトをパワーアンプに入れて、スピーカーを鳴らしてるっていうシステムです。いたってシンプルなシステムです。接続ケーブルも色々試して。電源も、電源ケーブル変えたり、トランスかませて(使って)みたりすると、やっぱ音違うな、というのを感じました。2年前くらいに導入して、しばらくはどういう使い方がいいのか、色々と試しました。1年くらいして色々わかってきて、今の使い方に落ち着きました。段々システムが固まってきた感じですね。
ティアック:Prism SoundでもDA(デジタル/アナログ変換)できると思いますが、DA-3000でDAしているんですね。
中村: DA-3000と聞き比べたら、DA-3000の方が全然良かったんです。こんなに違うんだ、って思って。録り音はいいので、Prism Soundは録音する事に特化していて、DAは普通なのかなって。
ティアック:そうかもしれませんね。以前Mixer’s Labさんに伺ったことがあるんですが、Prism SoundとDA-3000という、全く同じ組み合わせだったですよ。中村さんはDA-3000をレコーダーとしてお使いになることはありますか?
中村:DAで使うことが多いですけど、一応レコーダーとしても色々検証しました。CFとSDとUSBで録音して聞き比べして。フォーマットも全部試しました。その時はDSDだけが別格と言えるくらい音が良くて。でも、ファイルの容量とかを考えると普段の仕事で使うにはちょっと現実的じゃないなと思って。でも、DSDは自分の保管用にはすごくいいと思いましたね。
ティアック:普段の仕事では、サンプリングレートはどの設定でお使いになることが多いですか?
中村:最近は基本的に48kHzで運用してます。色々試行錯誤している中で、48kHz運用でも全部の機器のクロックが同期されていれば、十分高音質になるというのが確認できたんですよ。でもたまに96kHzでマスターを書き出したいという要望は来るので、そういう時は96kHzに切り替えてマスターファイルを書き出して納品、という使い方をしています。
ティアック:最近では96kHzなどのハイレゾレコーディングも進んできていますが、中村さんのように編曲の仕事ではまだ48kHzの場合が多いということでしょうか。
中村:そうですね、プラグインもハイレゾだと使えないものがあったりするので。あと、ミキシングとか、マスタリングとかのタイミングでもハイレゾ化はできるじゃないですか。なので、48kHzでクロックをバシっと同期させて、のびのびやってるという感じですね(苦笑)。ハイレゾの良さはもちろん理解しているんですけど、マスタリングがよくないハイレゾより、きっちり仕上げられたMP3の方が音がよく感じることもあって。マイケルジャクソンの昔の音源を制作していた頃の話を聞いたことがあるんですけど、試せる限りすべての方法でマスターを作って、一番いいものを残したらしいんですよね。で、それが今CDで聞けるわけですけど、やっぱり音いいじゃないですか。だからデジタルが悪いとかそういうことではなくて、まずはその前の段階のクオリティが大事なのかなって思うようになって。マスターファイルのハイレゾ化の前にやれることがあるなと。もちろんDSD化するだけで音が良くなる部分もたくさんあるんですけどね、音の奥行きとか。
ティアック:リバーブの残響の残り具合とかは顕著に違いますよね。
中村:そうそう、そういうところは違いますね。でも、日本のポピュラーミュージックなんかは特に音数多いのが好きじゃないですか。そういう音楽ではそこまで音場の広さを必要としないことも多いんですよ。音楽性によるんじゃないかと思います。
ティアック:ハイレゾレコーディングができる機器の最大の魅力は、選択肢が増えることだと考えています。昔ProToolsが出始めの頃、ロックをやるには16bit!みたいな流行りもあったと思うんですが、そういう感じでこの音楽にはこのフォーマット!という選択肢が増えるのが、音楽制作においては最大の魅力なのかなと。
中村:そうだと思いますね。今でも自分の音楽には24bit/48kHzが一番合ってる、それ以外は自分の音楽に合わない、って言う有名なミュージシャンの方もいらっしゃいますからね。
ティアック:傾向的にはDSDを好んで選ぶ場合って、JAZZとか、クラシックとか、多い気はします。あとは生楽器のライブレコーディングとか。
中村:確かにそうかもしれませんね。ダイナミクスが大きい、生楽器主体だったりするとハイレゾとかDSDはいいでしょうね。音圧ガンガンのアイドルものみたいのだと正直使い切れなくて(笑)。それと関係者の耳が既存フォーマットに慣れすぎているので、まずハイレゾの説明から始めないといけないという(苦笑)。あと、どのフォーマットでも最後にはパソコンとかスマホでのチェックが必ず入るんです。一般リスナーが聞ける環境でどうなるか、っていう。
ティアック:iPhoneのスピーカーとか結構強敵ですよね、よくできてるし(笑)。
中村:確かにバランスはよくわかるんですよ、ボーカルがどのくらい出ているか、とか。言ってみれば、192kHzのハイレゾとかDSDはF1レースみたいなものだと思うんですよね。作り手はF1でいいんですけど、リスナーはスマホなんです。それで曲を聞いて気に入ってくれればそれでいい訳で。今後はわかりませんけど、時代に合わせた作り方は必要じゃないかなって。あとは、スタジオごとに音が違いすぎるっていうのも現実的には結構大変なんですよ。そういう意味で、今は全部のスタジオがDSD環境を持っている訳ではないので、従来の環境に合わせたシステムで制作しておく必要はあるなと。
ティアック:当初からDA-3000とCG-1000、セットにして持ち運んでもらいたいというのもあるんですよ。そうするとどの環境でも同じ基準で音が聞けると思うので。
中村:それいいと思います!このスタジオでミキシングすることもあるんですけど、この3つ(DA-3000、CG-1000、Prism Sound)とMacをマスタリングスタジオに持ち込んで、再生しながらマスタリングしてもらうのが音的には正しいんだろうなとは思います。1回マスターファイルに落とすだけで音は変わっちゃうので。
ティアック:MacのDAWはProToolsのようですが、打ち込みもProToolsでやるんでしょうか?
中村:そうです、誰もやってないと思いますけど(笑)。ProToolsで打ち込みができるようになった最初の頃から使っています。
ティアック:ProToolsで打ち込んでる人初めて見ました!(笑) おそらくProTools 5とか6の頃ですよね。他のDAWは使っていないのでしょうか?
中村:以前はPerformerとかも使っていたんですが、アレンジと同時にボーカルやギターのレコーディングをすることも多いので、同じDAWでやった方がデータを移動しなくて済むので楽だなって。
『自宅のモニター環境ってすごく大事。音がいいと作るのも楽しい。』
ティアック:このスタジオ、吸音材が全くないし、壁も硬いし、コンパクトなスタジオとしては珍しいなと思ったのですが、何か秘密があるんでしょうか。
中村:実はこのスタジオ、赤川さんと一緒に作ったスタジオで、その時にスタジオのコンセプトを話していたんですが、吸音しないスタジオがいいんじゃないかっていう話になって。壁はコンクリートの壁にゼオライトという専用の漆喰をみんなで塗ったんです。床は珪砂を敷き詰めた上に赤松材を乗せた構造です。この壁に使っているゼオライト、実は無数の小さい穴が開いていて、それで音を拡散するんですよ。それで、見た目よりも音を反射しないという仕組みで。硬い壁なのにフラッターエコーが出ないんです。
ティアック:そういうことなんですね!壁が平らな割にはフラッターエコーを感じないので、不思議だなとは思っていました。こだわりのスタジオですね。
中村:是非音を聞いてみてください!
~mogLA STUDIOの音と、CG-1000からのワードクロック供給の有無で音がどの程度違うのかを聞かせて頂きました。~
中村:スネアの音とか、もう違うスネアなんじゃないかと思うくらい違うんですよ。しっかりした音になるというか。あと、オルガンみたいな広がりのある音を入れるともっとわかりやすいです。奥行のある音だと違いが出やすいのかもしれないです。
ティアック:やっぱりCG-1000の有り無しで変わりますね。低音の締まり具合はかなり違うなと感じました。
中村:こういう機器って、大きなスタジオに設置されていればいいっていう考えもあると思うんですけど、自宅スタジオにあるからこそ色々使い方を突き詰められるんですよね。大きなスタジオって借りているので実験する時間はないし、エンジニアさんにも納得してもらわないと自分の機材って使えないじゃないですか。そういう意味で、自分の音を突き詰めるためには、自宅のモニター環境ってすごく大事だと思います。音がいいと作るのも楽しいですしね。
ティアック:中村さんにとってこのスタジオは、ホームグラウンド、ホームコースみたいなものなんですね。
中村:そうですね。耳って慣れるのに時間がかかるんですよ。基準になるような音を長期間聞いていると、外のスタジオに行った時に「なんか違うな」とかわかるようになるんですね。で、帰ってきて「あ、やっぱり違う。」って。外のスタジオで感じた事は正しかったんだなと、ホームに戻って再確認するというか。とにかく時間をかけて音を突き詰められることって大事で、ここはそういう場所なんです。「今日は事務所の社長連れて行く!」とか言われると、広くはないのでちょっと困りますけど(笑)。
『機材は極限まで減らしたけれど、CG-1000とDA-3000は残りました。』
ティアック:このCG-1000とDA-3000の組み合わせは実際の制作でもかなりお使いになっているのでしょうか?
中村:はい、かなり使っています。1回作家さんの打ち込みギターをこのスタジオで録音した音で差し替えて納品したことがあるんですよ。納品した後に、「某著名海外ミュージシャンのツアーメンバーで録りなおします」っていう連絡が来て。「あ~僕のギターなくなったんだな」と思ったんですよ(笑)。
ティアック:そうですね、それはそう思いますよね(笑)。
中村:本当にすごいメンバーだったんでそれでも良かったんですけど(笑)。でも、「ギターだけは残したんで!」って言われたんです。そのままCDになってるんですけど、それを聞いて、まがりなりにも悪くはなかったんだなと。クロックいじったり、スタジオ作ったりしたことは間違ってなかったんだなと思いました。
ティアック:それはこちらも大変嬉しいです。機材って導入していただいて、次にお伺いする時になくなってることもあるんですよ。「あれ?あんなに気に入ってたじゃないですか!」みたいな(笑)。でもそれは音の善し悪しだけではなくて制作フローの関係なども多々あるので、制作現場の現実としてはそういうものだと思うんです。でも今日このスタジオにお伺いして、実際に使われている姿を見て、すごく嬉しかったですし、安心しました(苦笑)。
中村:これでも機材は極限まで減らしたんです。でもCG-1000とDA-3000は残りましたね。むしろこの2台を中心に他を選んだ方が音楽的なんじゃないかなと思って。このスタジオに来て、この2台に気づいている人ってあんまりいないと思うんですよ(苦笑)。でも、今ではすごく大事な機材です。
ティアック:ちょっとでも目立ちたくて、CG-1000はオレンジになりました(笑)。最後に質問なんですが、ハードウェアのVUメーター、いりますよね?
中村:これ、2~3年前に買ったんですけど、病みつきになりました。色々試してきましたけど、VUメーターが一番理にかなっているというか、音楽的に作りやすいです。プラグインでもあるんですけど、プラグインだとなんだか盛り上がれなくて。TASCAMさんで作ってください(笑)。
ティアック:ありがとうございます。なかなか賛同者がいなくて困ってました(笑)。今日はありがとうございました!
中村タイチ さん
Guitar/Compose/Arrange/Produce
高校生のときにキーボードを始め、バンド活動や音楽学校を通じて様々な音楽ジャンルに触れながら独自の音楽性を身につける。
2002年に森山直太朗「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」アレンジにて、本格的に音楽活動を開始。
2003年にシングル、2004年にアルバムがオリコンチャート3週連続1位を獲得という快挙を成し遂げる。
同年事務所に所属、数々のアーティストのアレンジ、プロデュースなどを行う。
所属10周年を期に2013年所属事務所から独立。
株式会社ハイレゾミュージックを設立して、次世代の音楽スタイルを提案する活動も開始する。
ギター等の生楽器を基本に常に「いい音」を追求し続ける、新進気鋭のクリエイター。
プロデュースではいきものがかりやDEPAPEPEを手掛けるほか、編曲ではDREAMS COME TRUE、長渕剛、武井咲、青山テルマ、森山直太朗などの楽曲を手掛ける。
公式WEBサイト
http://mogla-studio.com/index.html
Twitter : http://twitter.com/TAICHINAKAMURA
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